File#02 吉田忠勝 

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Animatorsfileの《 第二回 》アニメーター・インタビューに登場いただきます、吉田忠勝さんは今年(2019年)8月で80歳を迎える業界最長老?!の現役ベテランアニメーターの方です。

【プロフィール】
1939年8月生まれ。トップクラフト創設(1976年)に参加。解散以降はスタジオぴえろを中心に活躍する大ベテラン。モブ(群衆シーン)やエフェクト、『ナウシカ』の王蟲のような緻密で描き込みの多い作画を得意とし、アニメーション黎明期に数々の演出家から大きな信頼を得た。代表作は『オズの魔法使い』(’86年)、合作TVアニメ『ザ・ホビット』(’77年)『ザ・ラストユニコーン』(’81年)、劇場アニメ『哀しみのベラドンナ』(’73年)『風の谷のナウシカ』(’84年)等。現在も一線で作品に参加を続けている最古アニメーターである。

「あ、これはいいな!!」って王蟲の絵にゾクゾク ・・

アニメの仕事に入られた当時のことですが、どのようなきっかけでしたか?

吉田さん(以下Y)
一番最初は、58年にトランスクローバルという会社に入ったのですが、そのときはアニメとかアニメーターという仕事については何も知らずに・・ただ「トレーサー」ということだから、何か「絵」に関係した仕事だろうな~という感じだけでした。
そこでたまたま、、採用されたのでね。その会社は主にはCMとか、外国映画の輸入配給会社でしたが、アニメーターというよりね、下働きというか、そこからがスタートですね。そこでの初仕事としては、まだ白黒アニメのトレースマンでセルの上に10色くらいの白から黒の絵具を使って、描いてましたね。懐かしいね・・。

そのとき、師匠はいらしたのですか?

Y)当時の師匠としては、トレーサーとしては津野二郎さん、アニメーションの指導は亀田辰雄さん、杉本博道さん等・・がいらっしゃいました。

ちゃんと今まで経歴をノートに記されているんですね。手書き文字もすごいですね・・!!

Y) すごいでしょ。。こうやってノートに纏めている人もなかなかいないでしょ?(笑)

吉田さんは、なんといっても『ナウシカ』での王蟲(オーム)など、アニメ史上に残る作画、線が多く難しいシーンを数多くされてきたのですが・・そもそもどうして王蟲の作画を担当されることになったのでしょう?

Y) う~ん、どうも、そこは「暗黙の了解」というか、宮崎(駿)さんから指令が降りたという感じもなく、いつの間にか・・ですね。

なるほど。それ以前の作品の中でも緻密な線画を描いてきたこともあり、吉田さんがやるだろう・・みたいな感じだったのですね・・?

Y) そう、特にハーモニーの部分、線のタッチの多い絵は、「まかせる!」って感じで(笑)
それにわたしも、ナウシカの原作を見たときから、「あ、これはいいな!!」って王蟲の絵にゾクゾクきていて、「ぜひやらせてほしい」て気持ちがわいてたんです。 でもね・・今考えると、あんなめんどくさいのをよくやったな~!って思いますね。当時はめんどくさければめんどくさいほど、嬉々として・・燃えてましたね。

そうなんですね・・王蟲の作画で思い出とかありますか?

Y) う~~ん、よく・・働いたな。

途中でイヤになることってないんですか?(笑)

Y) なかった。
すごいもんで・・100日間連続で休みなしで・・完成まで。
しかも、おまけが一日おきの徹夜が入ってましてね。正月も休みなくって、すごいやったな、と(笑)そのときが44歳でしたね。・・その頃は今思うとかなり無茶したけど、、全然平気でしたよ。気合いが入っていましたね・・好きなキャラクターだけに。